2011年4月24日日曜日

早くも初志挫折

コレ↑はFirstormのプリセットに入ってたsky設定
もう黒塗りテクス用意しなくても簡単にキミ死ねゴッコで遊べます(謎

当初の勢いが早くもなくなりつつあります。案の定;
今日はスマホについて色々聞かれたので
タブレットは多いに興味有るが
電話じゃなくてPC出せ、と熱く語ってきた。
アタシャねとラジ聴きたいんだよ。
電話である必要性がないんだよ。
でもiPadはでかくて嫌い。

この間某家電店の店員さんに
iPadより小さいのは出る予定ないのか?とさり気無くリサーチしたら
どうも対iPad陣はiPadよりデカイ方向に流れているらしい。
小さい画面は携帯でいんじゃね?ってことらしい。
がっでむ。
どこまでニッチな嗜好なのかオレってばよぉ。

2011年4月20日水曜日

前々回の続き

スマン、スマンカッタFirestorm。
ギザギザだのプリセットが反映しないだの
全部私の早とちり&勘違いでした。

まずアンチエイリアスはハード側で設定無効にしてた;
SL以外はまったくこだわりがないので
パフォーマンス優先にしてSLビュワーだけ設定変えるつもりで
デフォを無効にしてた、というオチ;
ビュワーで設定せず、ハード側で設定したほうが軽くなるらしいが
とりあえずインスコしまくったビュワーを全部追加設定するのはアホなので
グラボの設定を3Dアプリごとに自動っつーのにしといて
ビュワー側でアンチエイリアスかけてみたら
おや!まぁきれいになりました、とさ(トホホ

skyのプリセットも、環境設定に土地とかフレとか
とにかく他所様の設定を優先する、にチェック入ってたせいぽい。
スンマセン、ホンマスンマセン…

そして改めてデフォ空の雲の動きに感動する。
見てて飽きないわー。




2011年4月18日月曜日

そばどん兵衛の天ぷらは、先のせベチャベチャ派ですこんばんは。

職場のお出かけ用の7年物のVAIOノートが瀕死状態です。
SYSTEM32のうんちゃらかんちゃらが壊れていると吐いて
起動しません。
しかし回復コンソールに必要なセットアップディスクが行方不明。
ちゃんとしたシステム管理者がいない小企業にはよくある事。

そこでファイルのサルベージにUBUNTU使ったのだが
MacライクなGUIがいいね。

密かにこのままセットアップディスクが見つかりませんように、と祈った。
廃棄になったら貰い受けてネットブックにしようかと(エヘ

2011年4月17日日曜日

たまにはちゃんと

SLの話。
2系の輪郭のシャギーがどうにも気に入らないのでフェニクス使ってるですが
最近どうも頻繁に落ちるし、L$買わせてくれないし
これはやっぱ旧式のせいなのかなー、と
薄ぼんやり悟っているところへ
このフェニクスの2系ビュワー"Firestorm"があるって小耳に挟んで
試してみますた。
やだなーやっぱりギザギザ。
しかもβどころかαという開発初期状態らしいので
sky設定もどうもセットが反映されてないぽい。

まぁこれはまだまだだとしても
いずれは、しかもそう遠くないうちに
2系へ移行せんばならんと思うので
このギザギザをなんとか軽減したいんですが
昨年の猛暑でPCがイかれて
結構いいグラボ積んでたのでもったいないと修理したのに回復せず
むかっ腹たって売り飛ばして
店頭展示品の安売りを買ってしもたので
高負荷トラウマで描画質をあげるのが怖いんです。

この叩き売りヘタレPC(グラフィック自動設定が"中"w)になって以来
軽さを求めてビュアーを試しまくったんだけども
アンチエイリアスかけたとたん落ちやがるビュアーとかあって
ビクビクものっすよ。
推奨環境をわずかに下回るグラボというスペックはどうなんだろう
カクカクではないが画質は諦めろってことか;;

なんかいい設定あったら教えてください。


2011年4月14日木曜日

今日はボケボケの日だった;;
頼まれたクリーニングは忘れるは
金曜日と勘違いしてコーヒーメーカーのお湯を抜いてしまうは
(汲み置き式なので休業日の前の日に抜く)
すべてあのテープ起こしに集中しすぎたせいだ。
明日コーヒー当番の人に謝らなければ…


2011年4月13日水曜日

ナベツネの例の顰蹙発言が話題に出た。
私は彼のような人は必要であると述べた。
ま、大勢いたら困るが
言わば必要悪なんではないかと。

彼に限らず色々失言しちゃう人がいるが
失言と指摘されるまで失言とは思ってなくて
自分では常識範囲だと思っていたに違いない。
その常識というのが世間と大きくずれてるわけだが
常識と認識させている環境があるわけで
失言と糾弾されるのはその環境下の他の多くの人達へのいい警鐘となるわけで。
「あ、こういうこと言うと怒られちゃうんだ」と気づかせてあげるのは大事である。
ひょっとしたら糾弾しながらも裏で冷や汗かいてる輩もいるやもしれん。

すぐ極論言っちゃう人も必要。
極論言われるとそこが振り幅の限界なのだとわかりやすくなる。
例えばコックリさんの十円玉が動く原理。
誰も動かしていないつもりなのに動きまわるコックリさんの十円玉は
誰かの無意識の僅かな動きでスイッチが入ってしまう集団催眠のようなものだという。

常にニュートラルに、なんてどっちつかずの中間論ばかりくりかえして
膠着状態になったりすると
このコックリさんの十円玉原理が働きかねないのである。
恐ろしいことにそこにひとり明確なビジョンを持ったものが存在すれば
もう赤子の手をひねるよりたやすいのである。
ひとり、もしくは少数の意思を総意としてしまうのは危険だ。
ファッショである。
そしてその意思が悪意に満ちていたとしてももう人々は判断できなくなっている。
コックリさんの呪いである。

そこに極論者の必要性がある。
コックリさんで言えばイラついて自分で動かしちゃう人である。
しかもイラついてるから強引にぐいっとやっちゃうんである。
○○君動かしちゃったから祟られるぞ、コックリさんお帰りください、となるわけである。
チョットずつ巧妙に動かそうと思ってたヤツには台無しである。
そして人々は我に返るのである。
メデタシメデタシ。


2011年4月12日火曜日

余震キョワイキョワイ。
自宅はそうでもないが
職場はすげー揺れる。

やだやだ。
オウチに居る時に来てくれよぉ。